希望退職制度を正しく運用するポイントと導入にあたり注意すべき点

2020年09月17日
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希望退職制度を正しく運用するポイントと導入にあたり注意すべき点

平成28年経済センサス活動調査の結果によりますと、高崎市では約1万7千の事業所に約17万人の労働者が働いています。

しかし、昨今のコロナ禍による経済情勢や人々の生活様式の変化もあり、従業員の人員構成の見直しを迫られている企業は全国的にも珍しくありません。その手段として、企業による一方的な解雇にさまざまなハードルが存在する日本では「希望退職制度」が多く活用されています。

しかし、安易な希望退職制度の導入は企業に思わぬリーガルリスクをもたらす必要があります。希望退職制度は、労働基準法など各種法令を遵守したうえで、慎重に進めるべきなのです。そこで本コラムでは、これから希望退職制度を導入しようと検討している企業が同制度を正しく運用するポイントと導入にあたり注意すべき点について、ベリーベスト法律事務所 高崎オフィスの弁護士が解説します。

1、希望退職制度の概要

  1. (1)希望退職制度とは?

    希望退職制度とは、企業が希望退職条件を提示して退職を希望する従業員を募り、それに労働者が応募して退職するという制度のことです。近年は、企業のリストラ(事業再構築)の一環として希望退職制度を設ける企業は珍しくなくなってきました。
    多くの裁判例では、希望退職制度の呼びかけ行為を、同制度による合意退職の申し込みの誘因であり、申し込みそのものではないと解したうえで、労働者の申し込み対する使用者による承諾を要件としています。
    もっとも、希望退職制度設計上、使用者による承諾を不要とすること自体は可能です。

  2. (2)希望退職制度と退職勧奨との違い

    退職勧奨とは、使用者が労働者に対して、合意解約を申し込み、または労働者からの解約の申し込みを誘引する行為をいいます。両制度は重なる点はありますが、希望退職制度と異なり、使用者からの合意解約の申し入れのと評価される場合があります。

2、希望退職者を募集する流れ

  1. (1)現状および今後の分析

    各業務分野における人員配置、会社の業績および財務状況の現状、今後の業績見通しなど、企業が置かれている現状を分析します。これにより、希望退職を募集すべき従業員数や企業の財務状況等を考慮した希望退職条件を策定することができます。

  2. (2)希望退職の条件策定

    上記(1)で分析した現状および今後の業績見通しをベースに、以下のような希望退職の条件を具体的に策定します。

    • 募集人員数
    • 対象となる従業員の部署、職種および年齢層
    • 募集期間
    • 退職日
    • 人材紹介会社などの活用による再就職先あっせんの有無
    • 残存有給休暇の取り扱いについて
    • 特別有給休暇の有無
    • 従業員の勤続年数ごとの割増退職金率
    • 希望退職の応募を企業が拒否する条件
    • 業務の引き継ぎについて
    • 退職後の従業員の守秘義務


    募集期間は、当初応募した従業員数の人数をみながら2次、3次と設定することも考えられます。一方で、当初の想定を上回る応募があった場合に備えて、「募集期間内であっても応募受付を終了する」ことを盛り込んでおくとよいでしょう。

    割増退職金率や再就職先のあっせん、特別有給休暇の付与など従業員の福利に資することは、同時に企業の負担でもあります。希望退職を実施する際、割増退職金の支払いなどを主因に企業が損益計算上の特別損失を計上することが一般的です。企業の財務状況等を考慮しながら、どの程度まで希望退職条件を優遇することができるか逆算して策定することが重要です。

  3. (3)希望退職者の募集

    希望退職の条件が固まったら、いよいよ希望退職者の募集に入ります。もし、企業に労働組合が組織されている場合は、事前に組合と協議し代表者からの了承を取り付けておいてください。

    募集の周知には従業員を集めての説明、社内イントラネットの告示、社内メール(紙ベースを含む)による通知などが考えられます。このとき、ただ周知させるだけでなく希望退職の募集について後述する従業員の心裡留保や錯誤、あるいは退職後のトラブルを招かないようにするためにも、従業員から質問等が寄せられた場合は誠実に対応してください。

3、必要な人材から応募があったときは拒否できる?

希望退職を募集せざるを得ない企業においても、「辞めてほしくない人材」は存在するでしょう。そのような人材が流出してしまったら、今後の企業経営に支障が出てしまうことが想定されます。

そのような事態を回避しておくためには、希望退職の応募条件を策定するときに、あらかじめ「希望退職に応募したとしても、退職については企業の承諾が前提となる」という条項を設けておくことをおすすめします。先述のとおり、希望退職は退職に関する企業と従業員の合意形成が前提であると解されることがほとんどです。希望退職の条件に退職することへのインセンティブが働いた従業員が応募してきたとしても、このような条項を設けておくことにより企業側の判断で希望退職への応募を拒否することができるのです。

4、希望退職者制度を運用する上での注意点

  1. (1)実態とかけ離れた希望退職制度とならないように注意

    先述のとおり、希望退職の条件や募集の経緯が実態とあまりにかけ離れているなど企業側に重い違法性があると認められると、心裡留保(民法第93条)・錯誤(同第95条)などに該当し、従業員の自由意思に基づかない退職合意として無効となる可能性があります。

  2. (2)執拗な退職勧奨にならないように注意

    希望退職応募拒否者に対して、何度も執拗に応募を要請したりする場合には、損害賠償責任を負う可能性があります。
    そのため、希望退職応募拒否者に対して、執拗に勧めることのないように注意しましょう。

  3. (3)退職後の守秘義務に注意

    希望退職制度によって退職する従業員には、ある程度の職務スキルだけではなく企業が競合他社との優位性を保つための根幹となるスキルや知識、さらには重要な企業秘密を知り得ている人がいるかもしれません。このような従業員が競合他社に転職した場合、それが漏えいし企業の優位性を保つことが難しくなることがあるのです。

    対策として、従業員の退職時に「秘密保持誓約書」などというような形で、在職時に知り得た企業秘密は退職後も漏えいしないという旨の書面を取り交わすことを検討すべきでしょう。

  4. (4)退職時の証明書に注意

    労働基準法第22条の規定により、会社は従業員が退職するときに従業員から以下の事項に関する証明書の請求があったときは、遅滞なく交付しなければなりません。

    • 使用期間
    • 業務の種類
    • その事業における地位
    • 賃金
    • 退職の事由


    なお、これらの証明書について、会社は退職する従業員が請求しない事項について記入することは禁止されています。

5、まとめ

希望退職制度の創設および募集は、労働基準法など各種法令などを遵守しながら進める必要があります。それが企業としてのコンプライアンス遵守や、従業員とのトラブルを防ぐための重要なポイントになるのです。したがって、希望退職制度を設けるときは、ぜひ弁護士と相談しながら進めることをおすすめします。

企業法務や労働問題の解決に知見のある弁護士であれば、企業のリーガルリスクを最小化するための希望退職制度の創設に向け、適切なアドバイスが期待できます。また、万が一希望退職をめぐり労働者とトラブルになった場合でも、企業の代理人としてトラブルの解決を依頼することができます。
ベリーベスト法律事務所 高崎オフィスでは希望退職制度だけではなく企業法務や労働問題に関するお問い合わせを幅広く承っております。ぜひお気軽にご相談ください。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています